セレンス(Cerence Inc. / CRNC)の決算書(10-K)分析やニュースについてまとめました。クロの判断は以下の通りです。
- 安定性(資金繰り)
- 収益性
- 経営の効率
- 成長への期待
※数値は改善。半導体不足など自動車業界全体の逆風を考慮
※今期の決算書内で前年(2020年9月期)の売上・利益に若干の修正が入りました。今回の記事では修正後の数値を使用しています。
それでは見ていきましょう。
1. Cerence Inc.(CRNC)について
1-1. 業種
ソフトウェア、AI(人工知能)、テクノロジーサービス
1-2. 事業の概要
セレンスは、自動車向けに音声認識・AI(人工知能)を備えたソフトウェア(アシスタント)を開発し、ライセンス・クラウドサービスを販売・提供しています。
元々は、音声認識とAIを提供する大手ニュアンス・コミュニケーションズ(2021年にMicrosoftに買収された)の自動車部門でしたが、2019年10月にスピンオフされました。
既にTOYOTAやBMWなど4億台以上の車にセレンスのテクノロジーが搭載されており(なお、顧客や第三者機関のレポートに基づいた推定では、2020年に引き続き2021年9月30日に終了する年度でも、出荷された全自動車の約53%に搭載されていることになる。※2021年9月末のセレンス10-Kより)英語はもちろん、ドイツ語や北京語、広東語など70以上の言語・方言をカバーしています。
顧客が実施した単語や文章の認識テストでは競合他社と比べて高い評価を得ており、クラウドを活用した音声検索やスマートフォン操作、Amazon Alexaなどのスマートホームとの統合といったサービスの他、ネットワーク接続がなくても自然言語理解、ノイズキャンセリング、ドライバーと同乗者の会話補助(後ろを振り返るなどの危険行動の排除につながる)、ジェスチャー入力、タッチ入力などの機能が動作します。
2021年3月、Android Automotive OSでセレンスの会話型AIプラットフォーム”Cerence Drive”が利用可能になったことも話題となりました。
また、新たなモビリティ(交通手段・移動手段)市場向けのターンキー製品として、二輪車・建物用のプラットフォームにも取り組んでいます。
1-3. チャート
セレンスの株価チャートはこのようになっています。ニュアンスからのスピンオフ以降15~20ドルで推移していましたが、2020年5月頃から上昇し始めました。
その後も大きく上下を繰り返していますが、2021年2月に自身の最高値である約140ドルをつけたあとは、その頃の価格まで戻れていません。
また、直近は急落しています。(2021年11月24日時点)
2. 決算書(10-K)の分析
2-1. 経営の安全性(資金繰り)
- 資金繰り・自己資本比率は問題なし
- フリーキャッシュフローはプラス
2-1-1. 流動資産・固定資産に関する比率
(単位:百万ドル)
貸借バランスは昨年に引き続き”ギリギリ運用タイプ”です。
流動比率は約174%、当座比率は約124%あるので、短期の資金繰りは問題ありません。
固定比率は約137%と高めですが、純資産と固定負債でカバーできています。
なお、これは昨年より若干改善しました。
2-1-2. 資本の比率
自己資本比率は約61%と高いです。
2-1-3. キャッシュフロー
営業活動がプラス、投資活動がマイナス、財務活動がマイナスという組み合わせで、フリーキャッシュフローはプラスです。
事業が黒字に戻ったことや多額の株式報酬の戻入れがあったことで、営業活動はプラス収支となりました。
投資活動は有価証券を多く購入したことでマイナス収支、財務活動では債務の返済なども行っていますが、株式報酬に伴う源泉徴収額が最も大きくマイナス収支です。
2-1-4. 項目まとめ
今期は事業が黒字になったことで、営業活動によるキャッシュフローを生み出すことができました。
その他は2020年9月期との大きな変化はありません。
ニュアンス・コミュニケーションズから割り当てられた”のれん”が非常に大きく、固定資産が膨れてしまったままです。
2-2. 収益性
- 今期は最終黒字を達成
- ROE・ROAはまだまだ低い
- 2020年はスピンオフや資金調達に関する支払いで赤字
2-2-1. ROE(自己資本利益率)
2020年9月期は支払利息・債務の早期償還による損失が大きく赤字でしたが、今期はこれらの事業外の費用が大きく減り最終的に黒字となりました。
ただ、米国平均のROEは16~18%なので、まだまだ低い数値です。
なお、2019年の数値が高いのは、主に法人税等の調整がプラスで最終的な利益が大きく出ているためです。
2-2-2. ROA(総資産利益率)
ROAもROEと同様に上下しています。
2021年のROAは、平均値の半分を下回る程度です。
2-2-3. 項目まとめ
今期は最終的にも黒字となり、ROE、ROAもプラスに転じました。
ただ、数値自体はまだ米国平均よりかなり低い状態です。
2-3. 経営の効率
- 総資本回転率、固定資産回転率は低い
- 棚卸資産が不要な事業形態
2-3-1. 各回転率
2020年よりわずかに上昇しましたが、ほとんど変化はありません。
総資本の大きさに対して、まだ売上が足りない状態です。
固定資産の回転率も低く、この主な要因はニュアンス・コミュニケーションズから割り当てられたのれん”が大きいことです。
また、ソフトウェアやクラウドサービスを商品としているため、棚卸資産はありません。
2-3-2. 項目まとめ
まだまだ総資本に対する売上が足りない状態です。
2-4. 成長している・していく企業か
- 2021年9月期は全てのカテゴリで売上増加
- コネクテッドサービスの原価を抑え粗利増加
- 各種運営費用は増加
- 売上高研究開発費率は平均の約5.6倍
2-4-1. 売上高と営業利益
2021年9月期は、前年比17%の売上成長となりました。
近年伸び悩んでいたライセンス料をはじめ、今期は、従量課金・サブスク収入を得るコネクテッドサービス収益、そしてサービス料と、3つのカテゴリ全てで売上が増加しています。
新型コロナによるパンデミックからの回復や、ソリューションの市場浸透などが好調の要因だとされていますが、同時に半導体不足という状況にも直面しており、今後の売上推移には少々不安が残ります。
今期は前年比170%増加と、営業利益が大きく伸びています。
この主な要因は、コネクテッドサービスの原価の減少です。
コスト削減を掲げ、給与、サードパーティへの支払い、クラウドインフラのコスト、減価償却費用などの縮小を実現し、原価を前年比19%カットしました。
また、ライセンス収入の原価がサードパーティへのロイヤルティの影響で増加したものの、そもそもこのカテゴリは原価全体の3.5%程度しか占めていないため、大きな影響はありませんでした。
総原価の64%を占めるサービス料カテゴリのコストは、前年比1%減少しています。
※総原価(原価全体)に対する割合は、ニュアンス・コミュニケーションズから割り当てられた顧客や技術・特許に関する”無形資産の償却額(7.5百万ドル)”を含んで計算しています。
これらによって今期は粗利益が大きく、運営に関する費用が増加しているものの、前期を大きく超える営業利益を生みだしました。
2-4-2. 研究開発費
2020年の売上高は約387.18百万ドル、研究開発費は約112.07百万ドルだったので、売上高研究開発費率は28.9%となります。
科学技術・学術政策研究所によると※1同程度の従業員規模の平均は5.2%とされており、研究開発費率は平均の約5.6倍という結果です。
※1出典:文部科学省 科学技術・学術政策研究所科学技術指標2019
2-4-3. 項目まとめ
売上が増加し、同時に営業利益も大きく増えています。
原価の削減を実現した他、スピンオフに関する一時的な出費も落ち着いてきているようです。
また、売上高に占める研究開発費の割合は昨年より若干増えました。
今後も成長できそうですが、世界的な半導体不足が足枷となりそうです。
2-5. 2022年の通年・第1Q見通し 株価にも影響
2021年第4Q(7月~9月期)の決算、2021年9月期通年の業績と同時に、2022年第1Q(2021年10月~12月期)の見通し、年間ガイダンスも発表されたので、併せてご紹介します。
2-5-1. 2022年第1Q
”売上は前年同期比で横ばい”になるという予測です。
具体的には、2020年10月~12月の売上9,496百万ドルに対し、2021年同期間の売上は9,100万ドル~9,600万ドルと予測されています。
また、調整後EBITDAは3,100万ドル~3,500万ドルの範囲と予測されましたが、これは2020年の同期間の4,030万ドルを下回ります。
IHS Markit(市場の調査・分析企業)の自動車生産予測も、この期間は21%減少とされており、次回四半期での大きな成長はあまり期待できそうにありません。
半導体不測の余波が大きいようですが、株価急落の一因となっています。
2-5-2. 通年ガイダンス
通年のガイダンスでは”売上が4億ドル~4億2500万ドル”、”調整後EBITDAが1億4,400万ドル~1億6,300万ドル”としています。
2021年9月期の結果が売上 3億8,718万ドル、調整後EBITDA 1億5,590万ドルなので、売上は3~10%の増加を見込んでいるようです。
3. まとめ
クロとしては、セレンス(CRNC)は変わらず、タイミングを見て保有を検討したい銘柄です。
技術面やビジョンには期待しているのですが、記事作成時点では”売上が増加しないだろう”という見込みを示されているところで、更に株式市場全体がテクノロジーやグロース株に厳しい地合いであることを考えると、手が出しづらい面があります。
しかし今回の決算で全カテゴリの売上増加、原価コストの削減を実現しており、前回の決算で不安だった点がかなり払拭されました。
ただ、”年度に出荷された全自動車の約53%に搭載”という文言が変わっていない点は、引き続き注視しておきたいです。
また、製品の横展開にも期待したいです。
公式サイトには既に二輪車のプラットフォームや建物でのシチュエーションも掲載されており、自動車業界に止まらない未来を見据えているのを感じます。
今回の記事はCerence Inc.の決算書及びコーポレートサイトを参考に作成しました。少しでもお役に立てたら嬉しいです。
また、記事の内容はあくまでクロの考え・判断を中心に構成されているため、投資の際はご自身の判断の上、自己責任で行ってくださいますよう、お願いいたします。
コメント